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by maple_novel
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012


 ため息は、誰に向けられたものでもなかった。
 腰ほどまでの高さの木立が並び、行く手を阻んでいた。上方は枝葉で覆われ、日当たりは薄い。林立する樹木はどれもみな一様に同じ背格好で、目印として利用できそうなものは何ひとつない。
「マイさーん」
 陰りで識別できない空間に呼びかけるように、木々の間を通して声を飛ばす。応答を期待して耳を澄ますものの、微かに木霊する自分の声が孤独感を煽っただけだった。
 シェイはマイとはぐれ、遭難していた。苦々しく土を蹴る。その気配に誘われたのか、今まで姿を見せなかったスポアたちが木々の後ろから姿を現した。いつしか集まってきたスポアたちに険しい目を向ける。人間の表情を識別するだけの知能もないのか、無邪気に歩くキノコたちはシェイに群がってきた。
 一匹を手づかみで拘束する。短い足をジタバタとさせて抵抗するスポアを、地面にたたきつけて気絶させる。ぐったりと身動きをしなくなったスポアを手に取ると、地面は胞子で黄色く染まっていた。
 さすがに仲間が捕獲されたのには怯えを覚えたのか、シェイを囲っていたスポアたちはわらわらと一目散に逃げ出した。
 遠ざかっていく姿をぼんやりと眺めながら、手元に残ったスポアを観察する。昨晩から小屋に染みついて離れない香りによく似た、馥郁な匂いがした。
(食べられるかな。一応、キノコだし)
 他の食材が大量にあったため、スポアを食したことはなかった。しかし、スポアの食用利用のことは、知識としてあった。加熱することさえできれば、味は悪くないそうだ。
(遭難確定、というわけじゃないだろうけど、九割がた確定だよな、これ。マイさん、気づいてくれるかなぁ)
 まだ森の生活に慣れない頃は、度々迷った。その時は、四苦八苦あちこちを歩き回るうちに、元の場所に戻ることができた。決して方向音痴というわけではないため、行動範囲が狭いうちはそれができた。しかし、今それをするのは自殺行為だ。わざわざ自分から道程をはずれて、マイの捜索から漏れるわけにはいかない。いつかはマイが自分の行方不明に気がついて、元来た道を引き返してくれるだろう。それをおとなしく、待っているのが上等策だ。……相手はマイであるため、それがいつになるかはわからないが。
(死ぬことはないだろうないと思うけど、不安だよなぁ)
 しん、と辺りの音響が途絶えていることに気がついた。途端、聳え立つ木々に、静寂ごと存在をとりこまれてしまうかのような錯覚に陥る。はっきりと自分の感覚を携えなければ、土と自分との境界が不明瞭になってしまいそうだ。
 なにか行動をしていないと、とあちこちの木の幹に目印をつけて回ることにした。フルーツダガーを常に持ち歩いているため、それを利用して幹に刻みを記す。一帯の木々を削り終わると、再び静謐に閉じ込められることになった。
 先ほどのスポアたちが、懐かしく感じられた。もう一度よって来てくれないかな、と一縷の望みを託して、口笛を吹く。スポアは主に好奇心で行動するため、何らかのリアクションをとれば、それがスポアたちの興味を惹くことは多々ある。しかし、未だ気絶を続ける手元のスポアの二の舞になることを恐れているのか、一向に姿を見せる気配がなかった。地面に残っている胞子の黄色い跡が、切なかった。
「マイさーん」
 差し迫ってくる孤独を迎え撃つかのように、叫び声をあげる。それに、森が応えたのか、乾いた枝の弾ける音や、強壮な大木が転倒しする音がした。上空のそこかしこから、まだ青々とした葉が舞い落ちて、豪快に土が掘り起こされる響きがした。
「へ?」
 ただならぬ様相に、シェイが狼狽する。自分がなにをしてしまったのか把握できずに、慌てふためいた。やがて出た結論は、自分の所業と森の大異変は無関係だ、というものだった。ほっと一息をつくまもなく、さらに葉が降ってきた。今度は、葉のみならず、枝まで降ってきた。もぎとられたように、歪な形をした枝だった。これらがどこから降ってくるのか確かめようと上を向いたとき、シェイの四肢は力を失ってしまった。シェイはあんぐりと口をあけた。自分の上には、船の竜骨がこれでもかと言わんばかりに君臨していたのだ。
「船!?」
 長大な船が、森の僅か上方――いや、ほとんど森の中を、船底で葉を散らし、木をなぎ倒し、黒々とした煙を吐き出しながら、漸進していたのだ。
 シェイの隣に生えていた一本の木が、傾倒しだした。ゆっくりと、地面に吸い寄せられていく。その先には、シェイがいた。脱兎のごとき素早さでその場を逃れると、そのまま足早に駆けだした。そのとき、地響きが起こった。とうとう、墜落したらしかった。
 恐る恐る振り返ると、濛々と立ち上る黒煙がみえた。その方角に歩いていくと、一隻の船があった。全壊とまではいかずとも、派手に船尾の破片が散らばり、無残だった。黒煙は、船首のほうからあがっているようだった。
 なぎ倒された木々を乗り越えて、そちらに行く。後ろをみてみると、船が進行してきた道筋をそのままに、見晴らしのよい景色が一本できていた。



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# by maple_novel | 2006-03-08 16:44 | 小説

011


 サウスペリとアムホストの間には、森が広がっていた。森だけでなく、山や川、はては切り立った崖まである始末で、とても一般交通としては利用できそうにない。その森のほぼ中央にマイとシェイニスが住まう小屋が建てられているのだが、それは単純にマイの世俗嫌いのためだ。しかし、今はその世俗嫌いが大いに役立とうとしている。ピオが言った材料の在り処というのは、とても森道に不慣れな人間が行き来できるような場所ではなく、日ごろから山川草木の真っ只中でたくましい生活を営んでいるマイとシェイでなければ、とうてい日帰りの往復は不可能だろう。
 おおよその場所をシェイから説明されたマイは、その地点に明確な心当たりがあるのか、迷いのない足取りで生い茂る樹木を払いのけて前進していった。
「さっさと来なさい。うたうたしてると、日が暮れるわよ」
 はじめのうちは辛うじてマイについて行けたものの、徐々に間隔が開いてきたシェイに向かって、叱咤を飛ばす。
 シェイは足元によってきたスポアを蹴り払う。ひっくり返ったスポアが、黄色い胞子を飛ばして地団駄を踏む。それには一瞥をくれただけで、先を急ごうと試みる。マイが先に通ったことによって多少は歩みが楽なものの、意識だけでは進行速度をあげられそうにない。
「ま、マイさん。あんまり先を行かないでくださいよ。こんなところではぐれたら、僕は確実に迷子なんですから」
「迷子くらいでなによ。小さな子でも迷子くらいで死にはしないわよ。気合で乗り越えなさい」
「いや、迷子というのには語弊があります。迷子ではありません、遭難ですよ、こんなところで道に迷ったら」
「もともと道なんてないんだから、迷うも何もないでしょう。目的地っぽい方向に進んでいけば、そのうちたどり着くわよ」
「え。まさか、ここまでの道筋も適当ですか」
「適当じゃないわよ。おおよその見当はつけて歩いてるわよ」
 シェイは脱力してうな垂れた。今更ながらにマイの野生ぶりを理解する。危機感という感覚を小屋に置き忘れてきたとしか思えない。いや、小屋にでもあるのなら、まだ良い。帰れば解決するからだ。しかし、そんなことで解決はしない。残念ながら、シェイはこれまでの共存生活で、それを悟っていた。もともと、マイの危機感など、どこにもないのだから。
「それなら、どうしてピオさんが教えてくださったサウスペリからの道筋にしなかったんですか。場所を聞くなり、どんどんと森の中を突っ切ろうとするなんて、てっきりしっかりと覚えがあるものかと」
「あるわよ」
「はい?」
 しれっと言ってのけるマイに、シェイは怪訝な顔をする。
「だって、この森はわたしの遊び場だったんだから。場所くらい、おおまかにばっちり把握できるわよ」
「……おおまかとばっちりは、いっしょに使う言葉じゃないと思いますが」
「四の五の言うなら、さっさと来なさい。野宿なんてまっぴらよ」
 そう言い残し、また先へと進んでしまう。ガサガサと落ち葉を踏みしめる音が、次第に遠のいていく。その音に縋るかのように、シェイは一歩一歩を急がせた。



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# by maple_novel | 2006-02-20 01:24 | 小説