「おはようございます」
むっくりと起きあがったマイに、淡々と嫌味を浴びせる。
「今日はお早いお目覚めですね。ただ、わずかばかりの手違いがございまして、そろそろ昼食の仕度が終わりそうです」
「どれくらい眠ってた?」
確認するように焦点の合わない目線を周囲に送り、そこが住み慣れた小屋の床であることに安心したのか、あくび混じりに訊いてきた。
シェイがルディブリアム製の懐中時計をとりだして、それに答える。
「もうお昼ですよ。時刻は12時を少し過ぎたくらいで」
「げっ。半日近くも、眠ってたのね」
「ええ。スバラシイいびきでした」
テキパキと食器を並べながら、横目でマイの様子を見やった。そろそろ意識が覚醒して平生のマイに戻る頃合いだと予測していたが、まだ睡魔の残滓が漂っているらしく、生彩を欠いた表情のままだった。
シェイはさすがに不安を感じてきた。弟子入りして以来、このような状態のマイを目にしたことはなかった。
「まだ、お疲れですか」
「そうね。久しぶりだったからね」
消え入りそうな声でマイはつぶやいた。疲弊しきった面持ちで、言葉を継ぐ。
「情けないわね」
「そんなことありますまい」
即座にシェイが否定した。
「敬服いたしました」
そればっかりは、本心だった。マイは、自分が手も足も出せなかったデンデンの大群を相手に、たった一人で獅子奮迅の激闘をし、アムホストの畑を護り抜いたのだ。大げさでもなんでもなく、マイはこのメイプルアイランドを救ったのだ。
しかし、マイはなにが気にくわないのか、自嘲的な笑みを零した。
「そう? ありがと」
「そうですよ。しばらくは、ぐーたらに生きたってだれも文句を言いますまい」
「そっか。そうよね。そのはずよね」
「当然です。万一どこかの阿呆が怒鳴り込んできても、僕がしっかり追い返しておきますから、大丈夫です」
「じゃあ、任せるわ。おやすみね」
そう言い残すと、再び転がって口をつぐんだ。シェイニスには、マイが眠っているのかおとなしくしているだけなのか、区別がつかなかった。だが、マイの胸中に暗い霧がたちこめているのはわかった。
シェイは適当なものを合わせて、簡単な昼食をこさえた。あまり食べる気はしなかった。理由はわからないが、とにかく塞ぎこんでしまっているマイを残して、役立たずだった自分一人で盛り上がれるほど杜撰な神経は、持ち合わせていなかった。
眠ってしまったことがショックだったのかな――手早く後片付けを済ませながら、勝手な忖度を繰り返す。なにが原因らしい事象を見出そうと、懸命に今朝方のマイの挙動を思い描くが、それらしい物は見つけられず、代わりに、鮮烈な印象を刻みつけたあの蒼白い光の記憶が、シェイの好奇心を刺激するように、ふつふつと蘇ってきた。
シェイニスは今すぐにでもそれについて訊いてみたかったが、マイの体調を慮り、控えた。
「そういえば、シェイ」
「わっ!」
突然、マイが体を起こして声をかけてきた。意表をつかれたシェイは、思わず大声を出してしまう。それがまた逆にマイをも驚かしたらしく、呆然と瞬きを失った双眸をこちらに向けていた。
「なぁにを驚いてるのよ」
「あ、いえ、はい。なんでしょう」
「なにか、見た?」
シェイニスには、マイのいう"なにか"が、蒼白い光のことであると察しがついた。即座、素直に返答する。
「蒼の光を――」
「そっか。みえたんだ」
心なしか、眠たげなマイの表情に、謹厳な色が混じっているような気がした。
「あれは、何なんですか」
「ナイショ」
「え。ちょ、ちょっと、それは、ないでしょう。卑怯です。しっかりとみておけって言ったじゃないですか」
予期せぬマイの言葉に、いつになくシェイが慌てる。待ちに待った機会を逃してなるものか、と力が入る。
「アレはなんだったんですか。教えてください」
「みておけ、と言っただけで、教えるとは言っていないわよ」
「そんなのただの屁理屈ですよ」
「知りたい?」
「もちろん」
「どうしても?」
「そりゃあ、もう」
すると、マイの口元が意地悪に歪んだ。そして、埃のかぶった文机のうえから、一枚の書簡をとってきた。それを二三度軽薄に指先で弄び、
「そんなに教えて欲しけりゃ――これ、お願いね」
「何ですか、コレ」
「手紙よ。それと、コイツもね」
今後は鞘に収められたハイランダをもってきて、手紙と一緒にシェイに渡した。ここで、シェイはマイの思惑を察した。
遅かれ早かれ、マイはあの光についてみっちりと教える腹なのだ。しかし、どうせ教えるのなら、それを餌にしてできる限りの面倒ごとを押し付けてやろう、という算段なのだ。
底意地の悪すぎる遣り口だが、それに抗えるだけの立場はシェイにはなかった。マイはそれをお見通しでいるのだろう。勝者の余裕でシェイを見下ろしていた。
むっ、と不満を蓄えかけたが、しばらくは従順にした方が得策だろう、と算段をつけた。面倒ごとといっても、それは兼ねてからの日常と大差はないのだから。
「はあ。ハイランダですか。どうすればよろしいので」
「手紙はルーカスさまに。ハイランダは、ピオさんに渡してちょうだいね」
「……手紙の内容は大方想像がつくため、あえて踏み込んだことはお伺いしませんが、こっちのハイランダはいったい?」
「何を想像しているのかしらないけど、デンデン騒動に関してのご報告書様よ。丁重に扱いなさい。それから、ハイランダはピオさんに渡して、念入りに磨いてきてもらって」
報告書は昨晩のうちにしたためておいたのだろう。よくぞそこまでの自信を身につけたものだと、感心してしまう。
それはともかく、ハイランダは解せなかった。
「普通、武具の手入れはご自身でなさるものじゃ」
「それがねぇ」
そこでマイはばつの悪そうな顔をした。
「実は、あんまり長い時間ほったらかしにしていたから、手入れの道具のほうが使い物にならなくなっちゃってるのよ。油は臭いし、砥石は包丁とかナイフとかを砥いでるから、使いにくくなっちゃってるし」
「それでしたら、道具を買ってきて、ご自身で手入れをすればよろしいのでは」
「いやよ。だって、どうせまた当分はお蔵入りなんでしょうから。また使わないうちにダメになっちゃうわよ」
「はあ。なるほど」
「いいわね。念入りに手入れしてもらってくるのよ。念入りにね。しっかりと、一部始終を監視なさい。手抜きのないように。わたしのハイランダになにかあったら、棍棒もって押し掛けるわよ、って伝えておきなさい。いいわね」
「……そんなに大切なら、やはりご自身で手入れをなさったほうが」
「はい。これ、メルよ。余ったら、好きに使いなさい」
ずっしりと重みのあるメル袋を投げつけてくる。重みで判断するに、2000メル近くはありそうだ。
「じゃあ。わたしは夕方までぐーたらに生きるから、よろしくよしなに」
再び覆布をかぶり、泥のように眠ってしまった。
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by maple_novel
| 2006-02-09 00:09
| 小説