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メイプルストーリーを題材にした小説サイト


by maple_novel
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006


「おはようございます」
 むっくりと起きあがったマイに、淡々と嫌味を浴びせる。
「今日はお早いお目覚めですね。ただ、わずかばかりの手違いがございまして、そろそろ昼食の仕度が終わりそうです」
「どれくらい眠ってた?」
 確認するように焦点の合わない目線を周囲に送り、そこが住み慣れた小屋の床であることに安心したのか、あくび混じりに訊いてきた。
 シェイがルディブリアム製の懐中時計をとりだして、それに答える。
「もうお昼ですよ。時刻は12時を少し過ぎたくらいで」
「げっ。半日近くも、眠ってたのね」
「ええ。スバラシイいびきでした」
 テキパキと食器を並べながら、横目でマイの様子を見やった。そろそろ意識が覚醒して平生のマイに戻る頃合いだと予測していたが、まだ睡魔の残滓が漂っているらしく、生彩を欠いた表情のままだった。
 シェイはさすがに不安を感じてきた。弟子入りして以来、このような状態のマイを目にしたことはなかった。
「まだ、お疲れですか」
「そうね。久しぶりだったからね」
 消え入りそうな声でマイはつぶやいた。疲弊しきった面持ちで、言葉を継ぐ。
「情けないわね」
「そんなことありますまい」
 即座にシェイが否定した。
「敬服いたしました」
 そればっかりは、本心だった。マイは、自分が手も足も出せなかったデンデンの大群を相手に、たった一人で獅子奮迅の激闘をし、アムホストの畑を護り抜いたのだ。大げさでもなんでもなく、マイはこのメイプルアイランドを救ったのだ。
 しかし、マイはなにが気にくわないのか、自嘲的な笑みを零した。
「そう? ありがと」
「そうですよ。しばらくは、ぐーたらに生きたってだれも文句を言いますまい」
「そっか。そうよね。そのはずよね」
「当然です。万一どこかの阿呆が怒鳴り込んできても、僕がしっかり追い返しておきますから、大丈夫です」
「じゃあ、任せるわ。おやすみね」
 そう言い残すと、再び転がって口をつぐんだ。シェイニスには、マイが眠っているのかおとなしくしているだけなのか、区別がつかなかった。だが、マイの胸中に暗い霧がたちこめているのはわかった。
 シェイは適当なものを合わせて、簡単な昼食をこさえた。あまり食べる気はしなかった。理由はわからないが、とにかく塞ぎこんでしまっているマイを残して、役立たずだった自分一人で盛り上がれるほど杜撰な神経は、持ち合わせていなかった。
 眠ってしまったことがショックだったのかな――手早く後片付けを済ませながら、勝手な忖度を繰り返す。なにが原因らしい事象を見出そうと、懸命に今朝方のマイの挙動を思い描くが、それらしい物は見つけられず、代わりに、鮮烈な印象を刻みつけたあの蒼白い光の記憶が、シェイの好奇心を刺激するように、ふつふつと蘇ってきた。
 シェイニスは今すぐにでもそれについて訊いてみたかったが、マイの体調を慮り、控えた。
「そういえば、シェイ」
「わっ!」
 突然、マイが体を起こして声をかけてきた。意表をつかれたシェイは、思わず大声を出してしまう。それがまた逆にマイをも驚かしたらしく、呆然と瞬きを失った双眸をこちらに向けていた。
「なぁにを驚いてるのよ」
「あ、いえ、はい。なんでしょう」
「なにか、見た?」
 シェイニスには、マイのいう"なにか"が、蒼白い光のことであると察しがついた。即座、素直に返答する。
「蒼の光を――」
「そっか。みえたんだ」
 心なしか、眠たげなマイの表情に、謹厳な色が混じっているような気がした。
「あれは、何なんですか」
「ナイショ」
「え。ちょ、ちょっと、それは、ないでしょう。卑怯です。しっかりとみておけって言ったじゃないですか」
 予期せぬマイの言葉に、いつになくシェイが慌てる。待ちに待った機会を逃してなるものか、と力が入る。
「アレはなんだったんですか。教えてください」
「みておけ、と言っただけで、教えるとは言っていないわよ」
「そんなのただの屁理屈ですよ」
「知りたい?」
「もちろん」
「どうしても?」
「そりゃあ、もう」
 すると、マイの口元が意地悪に歪んだ。そして、埃のかぶった文机のうえから、一枚の書簡をとってきた。それを二三度軽薄に指先で弄び、
「そんなに教えて欲しけりゃ――これ、お願いね」
「何ですか、コレ」
「手紙よ。それと、コイツもね」
 今後は鞘に収められたハイランダをもってきて、手紙と一緒にシェイに渡した。ここで、シェイはマイの思惑を察した。
 遅かれ早かれ、マイはあの光についてみっちりと教える腹なのだ。しかし、どうせ教えるのなら、それを餌にしてできる限りの面倒ごとを押し付けてやろう、という算段なのだ。
 底意地の悪すぎる遣り口だが、それに抗えるだけの立場はシェイにはなかった。マイはそれをお見通しでいるのだろう。勝者の余裕でシェイを見下ろしていた。
 むっ、と不満を蓄えかけたが、しばらくは従順にした方が得策だろう、と算段をつけた。面倒ごとといっても、それは兼ねてからの日常と大差はないのだから。
「はあ。ハイランダですか。どうすればよろしいので」
「手紙はルーカスさまに。ハイランダは、ピオさんに渡してちょうだいね」
「……手紙の内容は大方想像がつくため、あえて踏み込んだことはお伺いしませんが、こっちのハイランダはいったい?」
「何を想像しているのかしらないけど、デンデン騒動に関してのご報告書様よ。丁重に扱いなさい。それから、ハイランダはピオさんに渡して、念入りに磨いてきてもらって」
 報告書は昨晩のうちにしたためておいたのだろう。よくぞそこまでの自信を身につけたものだと、感心してしまう。
 それはともかく、ハイランダは解せなかった。
「普通、武具の手入れはご自身でなさるものじゃ」
「それがねぇ」
 そこでマイはばつの悪そうな顔をした。
「実は、あんまり長い時間ほったらかしにしていたから、手入れの道具のほうが使い物にならなくなっちゃってるのよ。油は臭いし、砥石は包丁とかナイフとかを砥いでるから、使いにくくなっちゃってるし」
「それでしたら、道具を買ってきて、ご自身で手入れをすればよろしいのでは」
「いやよ。だって、どうせまた当分はお蔵入りなんでしょうから。また使わないうちにダメになっちゃうわよ」
「はあ。なるほど」
「いいわね。念入りに手入れしてもらってくるのよ。念入りにね。しっかりと、一部始終を監視なさい。手抜きのないように。わたしのハイランダになにかあったら、棍棒もって押し掛けるわよ、って伝えておきなさい。いいわね」
「……そんなに大切なら、やはりご自身で手入れをなさったほうが」
「はい。これ、メルよ。余ったら、好きに使いなさい」
 ずっしりと重みのあるメル袋を投げつけてくる。重みで判断するに、2000メル近くはありそうだ。
「じゃあ。わたしは夕方までぐーたらに生きるから、よろしくよしなに」
 再び覆布をかぶり、泥のように眠ってしまった。



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# by maple_novel | 2006-02-09 00:09 | 小説

005


 アムホストから小屋に通じる道を歩んでいるシェイの足取りは、いつもより遅かった。もっとも、背中の荷物が重いからではなかった。
 なにかと都合がいい――そんな安易な理由で建てられた山小屋は、アムホストと港町サウスペリの中間にある森をややわけいったところに、ぽつねんと存在している。辛うじて天を拝むことはできるものの、周囲には限りなく樹木が密集しており、通行の便はお世辞にも良いとはいえない。アムホスト、サウスペリのどちらに向かうにも、行くてを阻む木立を押し分けて進まなければならないのだ。長い月日で幾度も同じ通路を踏み固めることで、徐々に道らしいものはできあがってきているのだが――。
 シェイは一歩一歩近づいてくる小屋を望みながら、背中のマイに声をかけた。が、当然のように黙殺された。迷惑な立地条件を選択した当人物は、シェイの苦労も知らず、安らかな寝息をたてていた。しかし、あまり腹は立たなかった。この眠り姫は、それだけのことを終えてきたのだから。
 ややあって、小屋に帰還した。樹木の密集を抜けたとき、シェイはどこか物寂しく想いながらも、体を揺さぶって声をかけた。
「マイさん。もう着きましたよ。起きてください」
 肩での運搬が限界に達したシェイは、道すがらマイをおこさぬよう、慎重に慎重を期して、背中に荷物を移動させることに成功させていた。そのため、振り返るとマイの寝顔が間近にあった。
 改めて、まじまじと観察する。野蛮な生活に似合わぬ上品な肌色に、落ち着いた目鼻立ち、栗色の長髪を頭部の両端で根元から束ねている。日夜にわたり活力をあふれさせている栗色の瞳は、儚げなまぶたに覆われているものの、何ゆえか整った睫は健在だった。26歳の女性とは無縁であるはずの悪口雑言を日々生産している口元は、涼やかに寝息を調節し、僅かに覗く白い歯の隙間から、掠れた風音を奏でていた。
 精一杯努力して性格を度外視すれば、マイはとてもステキな女性なのだ。しかし、人間には常に性格という最重要の能力値がつきまとうため、容姿と比例する評価を得る日は、永遠に来ないだろう。
「つくづく生きているのがもったいない。でも……両立は難しそうですね」
 照れ隠しのように毒づくと、マイをおこすのは諦めて、小屋に入った。
 するとそこには、見知った人影があった。アムホストに居住をかまえる、大工のピオだ。まるでそこが自分の家であるかのように堂々と腕を組んでいた。いつもの赤い運動帽をかぶり、袖の短い涼しげな衣類を着こなし、健康的に焼けた肌を露出している。
 驚いたシェイが声をあげるよりも早く、相手から威勢の良い挨拶がとんできた。
「おう。帰ってきたな、シェイニス」
 人当たりの良い快活な笑みをうかべ、握手を求めてきた。
「ピオさん。いらしていたんですか」
 シェイはすぐさまそれに応じるわけにはいかず、いったんマイを板作りの床に横たえさせてから、改めてピオの手をとった。固く鍛えられた皮膚に、真新しい肉刺の感触が見受けられた。
 ピオは、メイプルアイランドの誇る名大工だ。家の新築から屋根の雨漏りまで、ありとあらゆる仕事を日々こなしている。ちなみに、この小屋もピオの助言をうけて建築されていた。
「なんだ。あの拳姫さまはお眠りか。それに、おめーが背負ってご帰還なんて、どういう状況だ、こりゃ」
「ふだんはまだ眠っている時間ですからね。その都合じゃないでしょうか。僕が背負ったのは、マイさんが這い蹲るのを拒絶したからです」
 荷物のように転がりまわされても目を覚まさないマイのために、簡単な枕と適当な覆布を用意しながら、シェイは答えた。
「それにしても、今日は早いですね。どうなさったんですか」
「まったくだ。おめえらをたたき起こすつもりで来たってのに、もぬけの殻で拍子抜けだよ。どこに行ってたんだよ、こんな朝っぱらから」
「アムホストまで。デンデンの騒動を片付けに」
「ああ、そういや、そんな話しがあったような、なかったような。……ま、よくわかんねぇや」
「……ピオさんじゃないんですか? あの畑の傍の柵をこしらえたのは」
「いやいや。おれじゃねぇよ。柵、壊されちまったんだろ? おれがつくったなら、デンデンなんぞに壊されりゃせん」
 夥しい数のデンデンと、底なしとも思える赤デンデンの体力をまざまざと体験してきたシェイは、さすがのピオでもあの群を防ぎうる柵はつくれないだろう、と考えた。しかし、それをわざわざ口にするほど愚かではなかった。
 肯定的な笑みを浮かべ、
「そういえば、そうですね。いい加減に組んだだけって具合でしたし」
「だろう。おめーにも見る目ってモンがついてきたじゃねぇか。で、どうだった?」
「ええ。マイさんが無事に追い払いましたよ。当面の心配はないだろうとのことです」
「そんなことはわかってるよ。拳姫さまがでたんだからな」
「はあ」
 では何を聞きたいのか、シェイには皆目わからなかった。そんな様子をみたピオが、もどかしそな調子で、
「おめー、ここまで背負ってきたんだろ、あの拳姫さまを。その感想だよ。どうだ? どうだった?」
「はあ」
 呆れ半分で気の抜けたため息をつく。一瞬、帰還の道すがらに抱いた淡い想いが再燃しかけたが、何もやましいことなど一応はしていないと自分に自信をつけ、堂々と向かいあった。
「どうと仰いましても、どーうでしょう、ねぇ?」
「かーッ! ったく、おまえってヤツは。ほんとうにだらしがねぇ!」
「……それは、大変しつれいしました」
「バカ。失礼なのはおれだよ、おれ。ったく、変な方向に話がそれちまったじゃねぇか。で、何の話だったっけな」
 ピオとの会話はいつもこんな調子だった。悟られないように、こっそりため息をつく。シェイは他人を翻弄するのは大好きだが、自分がそれに巻き込まれるのは大嫌いだった。だから、ピオには恩もあるし決して嫌いな人間ではないのだが、できるなら関わりたくないと考えていた。
 さっさと用件をすませて自分も休みつつマイの目覚めを待とう、そして、あの光についてとことん問い詰めてやりたい――そんな不満を抱きつつ、再び会話を再開する。
「ふう、えー。ピオさん。本日はいかなる用件でわざわざこちらにいらっしゃったのですか。それについてです」
「おう。そうそう、その話しだよ。本当は拳姫さまに頼みたかったんだがな。ま、別におめーでも十分だろう。妥協して頼むぞ、よーく聞け」
「妥協して聞いておきます。何でしょう」
「実はな、サウスペリの町はずれに仕事を抱えてんだ。新築なんだけどな」
「相変わらずご多忙ですね。それで?」
「その依頼主ってのが、まあ、あのちょっくら口うるさいので有名な名物ババアなんだよ」
「それは……災難で」
 名物ババアとは、サウスペリに住まう口うるさい住民の通称だ。今では誰も本名を呼ばなくなってしまっているため、世話に疎いシェイにいたっては、その本名さえも把握していない。ただ、最近は、物好きで有名な漁師のビックスと良い仲らしい、ということくらいは聞き知っていた。
「まったくだ。けど、ま、仕事だからそうも言ってられねぇ。で、いざ話しを煮詰めていってみるとだな、その家の門飾りに、よその家とは違うものを使いたいってうるさいんだ。もう、ギャーギャーわめきやがる」
「同情しますよ。つくづく」
「ありがとよ。で、こんな狭い島だろ? 違うものったって、そんな種類があるわけじゃねぇ。でもな、あるにはあるんだよ。というより、訳あって最近は創ってなかった、てだけなんだがな。問題はその材料なんだよ。創るのは簡単なんだが、材料を手に入れるのが難しいんだ」
「なるほど。それで、最近は創らなくなっていたんですね」
「まあな。で、その材料ってのは、サウスペリの森にあるんだ」
「でしたら、話しが簡単なのでは――」
「いや、そうはいかねぇ。どうも、その場所にメイプルキノコが湧くみたいなんだ。それも、ここ最近はとくにわんさかと」
「げ。スポアの見間違い……とかではないんですね」
 スポアとメイプルキノコは特徴こそ両者とも"キノコ"そっくりで似ているものの、危険の度合いがまったく違う。スポアなぞは拳ほどの大きさしかないため、適当に足で振り払うことができてしまうが、メイプルキノコは文句なしに危険だ。うかつに刺激してしまうと、スポアとは桁外れの巨体と異常なほどの跳躍力で、一瞬のうちに圧死させられててしまう。スポアが成長するとメイプルキノコになるという説があるが、それは迷信だ。
 そんなメイプルキノコがわんさかと生息している地域など、疑う余地なしに危険区域だ。ピオが材料を諦めて近寄らなくなたのは、正しい判断だろう。
「誰が見間違うか、バカヤロウ。とにかくな、そんな事情でおれじゃ採りにいけねぇんだ。もちろん、そんな危ねぇ所に他のヤツを行かすわけにはいかねぇし」
「まさか。僕に行けと仰るのでは」
「ムリか?」
「怖いです」
「じゃあ、拳姫さまならどうだ?」
「そりゃあ、マイさんなら無事でしょうが……今は、ちょっと、前人未到の大爆睡劇中ですから」
「……いったい、なにがあったんだ?」
 ピオでなくても、マイをよく知るメイプルアイランドの住民なら誰もが、この状況に異常を覚えるだろう。
 声量を抑えることなく、会話をしているにもかかわらず、未だにマイは規則正しい寝息を続けていた。平生なら些細な物音でも、たちどころに覚醒するはずなのだが。
「わかりません。とにかく、ひとまずお引取りください。僕からマイさんに事情を伝えておきますから」
「ああ、そうするかな。じゃあ、頼んだぞ」
「はい。ピオさんも、お体には気をつけて」
 ようやくのことでピオは小屋を出て行った。
 残されたシェイは、しばらくは所在なげにうろうろしていたが、やがて昼食の時間が近いことを知ると、その用意にとりかかった。



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# by maple_novel | 2006-02-08 00:50 | 小説