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メイプルストーリーを題材にした小説サイト


by maple_novel
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001

 油断するな、と直前にも戒められたものの、それは所詮ムリな話だった。
 中心に向かって渦を巻いた赤い殻に、ぬめった白い胴体。不自然に大きな目が前方に飛びだし、絶え間なく左右に動いている。さらに前進しかできないようで、向きを変えるにも一々大回りをしなくてはいけないらしい。そのうえ、とことん鈍い。その行進は、静穏な日の雲の流れを見ているようだ。
 用意された木の棒で、からかうように突っついてみる。向かいあった正面にある口らしきところに触れただけなのに、まるで目潰しの攻撃をうけたように大きな目を瞬かせた。
 そのモンスターが弱々しく変哲な現実と、それを猛獣のように説明したマイの態度との差異が面白くて、さらに笑ってしまう。詰るようなキツイ視線を背中に感じたが、未だに右往左往とうろたえている赤デンデンが視界に入ってしまうと、マイの監督など無意味だ。
 一体、どうしてこれがアムホストの脅威で、村をあげての討伐に乗り出さなければいけないのか、シェイにわからなかった。
「いつまでそうして笑っているの」
 金属質の刀剣が湿った地面に突き刺さる音とともに、マイの叱責が飛んできた。必死にマジメな顔を取り繕って振り返ると、案の定、地面に剣を深々とつき立て、それに手をのせて構えるマイの姿が目に入った。
「さっきも言ったわよね。絶対に笑ったり、油断したりしちゃいけないって」
「いやいや。まずは、彼らとコミュニケーションをとってみようと思いましてね」
 シェイは、両手をあげてなだめるように手を動かす。その動作が、相手を小ばかにしているように見えるため、控えるように注意を幾度か受けているのだが、長年のクセがそう簡単に抜けるはずもなく、たびたび師匠であるマイに対してもこの仕草をしてしまうのだ。
「バカを言うんじゃないわよ。顔が笑ってるのよ、顔が」
「しかしですよ。わざわざそんなことをおっしゃったのは、ひょっとしてマイさん自身も、笑ったことがあるからなんじゃありませんか。ずっと、ずっと昔。遥けき過去、まだ穢れを知らぬ乙女であったころに」
 マイはそう詰って、より一層切れ目を鋭く光らせた。その瞬間、マイの雰囲気が、単なる活発な女性のものから、豪胆な戦士のものへと変化しする。マイの元で武術の修行を続けているシェイは、最近になって、その変化を肌で感じ取れるまでになっていた。
 マイは、地面に先端を埋め込まれたままの剣の柄を掴み、具合を確かめるようにそっと握りしめた。
 シェイはその様子を観察して、そろそろが引き際だな、と見切りをつけた。こういう撤退時を見極める能力は、マイの与える修練の課題以外のところで、日々鍛えられていた。
「いやいや。バリバリに冗談ですよ。そんな、本気になさらないでください」
 腕や背筋をおぞましく這い回る何かがあるのは、マイの激昂した姿をたびたび目の当たりにしているからだ。昼食に食べたパンの塊が、腹の中で凍結したかのような気分になった。
「ほら。ですから、そんな怖いお顔をしないでください。マイさんの美しいお顔がそのままでありつづけるということは、この世界に存在する数多の美術品のひとつが、失われ続けているということです。そのような大事件を放置して、他のことに手とアタマを回せるほど、僕はズボラじゃありませんよ」
 シェイは、よどみなく言い切り、心の中で、今のは85点くらいだったな、と自己採点した。そうして、慇懃無礼に腰を折り、目の端でマイの具合をうかがう。
 うな垂れるようにして剣に寄りかかっているマイは、必死に自制心と暴力衝動とを心の中で格闘させているらしい。抑えろ、抑えろ、何のこれしき、とぶつぶつ呟いていた。
「まだまだ、修行が足りないわね」
 マイは、何かを振り切るかのように、天高く伸びをした。細く白い腕に、深く裂けたスカートから覗く白い脚、綺麗な栗色の髪をあたまの左右で束ね、やや大きめの瞳は、髪と同じ色に輝いている。正面に突き立っている大剣カトルロスが、マイの所有物であることを知らずにいたら、さぞ絵画にでも留めたくなる衝動に掻き立てられただろう。残念ながらシェイ自身は、マイの気性と武才を熟知していた。
「僕がでしょうか」
 また座禅だろうか、と憂鬱な気分になりながら、シェイが言った。
「いいえ。わたしよ。こんな低次元な口論で、手塩にかけて育てた弟子を、危うく殺してしまいそうだったわ。精神力の鍛錬は、闘術の基礎だというのに」
 自分の弱さを悔やみ呪うかのような口調で、呟いた。



 ほぼ役名だけの自衛団長であるマイのもとに、アムホスト村の村長ルーカスからの手紙が届いたのは、昨日の夕暮れ時だった。それは、自衛団の出動を要請するための、形式に則った手紙だった。
「ルーカスさまからのお手紙よ」
 それは何の手紙ですか、というシェイの問いに、マイは答えた。その声は、いつもとは打って変わった、重々しい響きをもっていた。顔は暗く沈み、目はどこか据わった印象をしていた。
 マイが手紙を読んでそのような顔をするのは、シェイの知る限り、はじめてだった。好奇心でウズウズとしてしまう。
「僕も拝見してよろしいでしょうか」
「ダメ」
 即座に返答した。
「よろしいじゃないですか。僕はヤギじゃないんです、食べちゃったりしませんから」
「ダーメ。必要ないでしょう」
 そそくさと手紙を折りたたみながら、マイがつっけんどんに断る。
 しかし、そんなことでシェイが引き下がるはずもなく、満面におちょくりとからかいの相を滲ませて、さも知ったふうに言う。
「ほう。すると、あの老人、あの歳になっても、まだ色欲を捨てきれぬということですね」
「アナタ、何を言ってるのよ」
 呆れと若干の恐怖の入り混じった目で、シェイを見据えるマイ。今までの経験から、この展開は自分にとって、あまり好ましくない結果をもたらすことを予感しているらしい。
 そんなマイの様子をみて、シェイはますます調子に乗る。
「いやいや。お隠しなさるな。そこまで人に見られたくない手紙、それはすなわち、恋文以外には考えられません」
「はあ」
 素っ頓狂な声をあげるマイに、シェイの言葉の奔流が襲い掛かる。
「いやぁ、敬服しますよ、マイさん。さすがです。まったく男には興味がない、わたしは武の道に人生をささげる、そんな態度をムンムンと放っている裏では、誰もが予想をしなかったルーカスさまを誘惑し、このような歳はずれな奇行をもその身を呈して受けとめるなどとは、常人の及びつかぬ荒業です」
「そんなわけないでしょう。だまって、夕飯の片付けをしなさい」
「ああ、今夜はお出かけですか。なるほど、いえいえ、おっしゃらなくてもわかっております、村はずれの森に群生しているキノコを夜を徹して採集してこられるのでしょう? 帰りは明日の昼ごろでしょうか。暖かい昼食をご用意して、お帰りをお待ち申し上げております」
 くらり、と落下しそうになる頭を、どうにかして支えるマイ。足元はふらつき、顔中に疲労感があふれていた。
「……だから、違うわよ……アナタって、どうして、そう」
「いえいえ、僕が勝手にそう思い込んでいるだけですから。もし、事実と異なるのなら、一方的な誤解でしょう。しかし、どうにかして真実を知らなければ、僕は永遠に、ルーカスさまを色ボケじじい、マイさんを熟男マニアだと、信じ続けることになってしまいます」
 そこでシェイは言葉をくぎり、完璧な笑顔でマイに向き合う。マイは、鬼面人に睨まれた子供のように身をすくめた。
「それは、とても悲しいことではないでしょうか」
 しばらく、沈黙が続いていた。シェイは夕飯の食器を重ねて持ったまま、マイは辛うじて踏みとどまっている体勢のまま、静かに向かい合っていた。しかし、明らかに立場に上下の関係が生じていた。
 ややあって、マイがつぶやいた。その声は、とてもか細く、弱々しい少女のようだった。
「ねぇ、シェイ」
「はい。何でしょう」
 勝った、とシェイは確信した。
「お水……ちょうだい。その後……お話ししましょう」
「はいはい。冷たいお水、すぐにお持ちしますよ」
 鼻歌交じりで近くの小川に向かった。

 コップに注がれた清水を一気に飲み干したマイは、観念したように手紙を差し出した。
「言っておくけどね、アナタが小躍りするようなことは、ひとつも、何ひとっつも、書いてないんだから」
「はいはい。承知しておりますよ。して、何が書いてあるんです」
「自衛団への要請よ。しかも、正式な」
「はあ」
 今度は、シェイが素っ頓狂な声をあげることになった。
 雲の上に浮かぶ孤島メイプルアイランドは、とことん平和だ。収穫祭の折などに酒がはいると、若干の騒動はおこってしまうものの、凶悪な犯罪などはココ数百年で一度も発生していない。そのため、犯罪を抑止し、防衛するための機能が、ほとんどないのだ。
 この現状を打破しようと、カタチだけでもいいから自衛団をつくろう、と島民を説いて自衛団を作成したのが、今のアムホスト村の村長ルーカスだ。ルーカスは、80歳間近で、近頃は少々ボケてきているものの、まだまだ毎日の日課である散歩は続けられるようで、割と健康な部類に入る。
 そんな自衛団の作成者であるルーカスから、自衛団への要請がきたのだ。ちなみに、自衛団の長は、メイプルアイランドの誇る武人であるマイだ。この人事は、他に候補がなかったためでもあるのだが、マイの武才は島民全員が認めるところであり、異論は一切なかった。そして、自衛団員は、マイの直弟子であるシェイ、本名シェイニスただ一人だ。
 つまり、マイとシェイが自衛団の全てであり、それでも十分すぎるのが雲の上の国メイプルアイランドというところなのだ。
 にも関わらず、自衛団への要請が来たとなれば、自然と緊張してしまう。
「一体、何があったのです。自衛団なんて、すっかり存在も忘れられていたのに」
「畑よ、畑」
「ハタケ?」
「そう。畑よ。野菜やらなんやらを栽培している、あの畑よ」
 アムホストの近郊一帯は、広大な畑に開墾されている。畑というのはおそらくそれを指したものなのだろう。主にアムホストの村民や、その近辺の村々、少数だが港町のサウスペリの住民も、その畑に自分の土地を所有している。
 数十年まえから徐々に開墾を勧め、今ではメイプルアイランド全住民の食物を賄っているほどの規模だ。空の孤島であるメイプルアイランドが自給自足の生活を続けていられるのは、この畑によるところが大きい。 
「まさか。畑を耕すのですか」
「わざわざ手紙を奪い取ったんだから、ちゃんと自分で読みなさい」
「聞いたほうが楽で良いんですけどねぇ」
 シェイは渋々、手紙を読み進める。老人ボケがはじまる以前のルーカスに、文字を習ったことがあるため、一通りの読み書きはできた。ここ最近はほとんど活字に触れない生活が続いていたのだが、幼い頃の習練というのはそう簡単には失われないものらしく、それほどの苦痛を感じることなく読破できた。
 手紙を折りたたんだシェイは、謹厳な顔を整えて、マイに向き直る。足先まできっちりと揃えて、いささかの不備もない。
 ごほん、と咳払いをする。
「がんばってください」
 マイは静かに首を振って、やさしく否定した。
「アナタもよ。さっそく、明日にでも実践訓練よ」
 シェイは、デンデン討伐を余儀なくされた。



 デンデンとは、メイプルアイランド全域に生息するモンスターだ。白く長い胴体に、渦巻状の殻を背負って活動している。触手のような突起の先端に、二つの目玉が含有されており、前後左右を自在に観察することができる。最初は緑、次は青、最後には赤、と、生まれてから年数を積み重ねるごとに、殻の色が変化する。
 あまり凶暴ではないため、人と争うようなことは滅多にない。しかし、そのデンデンが、今はメイプルアイランドを脅かす存在になっているのだ。
 マイはそこまでをシェイに説明し、言葉を続ける。
「弱肉強食の部類わけでいったら、間違いなくデンデンは弱肉の部類よ。そもそも、草しか食べないんだから」
「なるほど。極度のベジタリアンですか」
「……解釈はまかせるわ。とにかく、本来はわたしたちと争う理由はないモンスターなの。それは理解できた?」
「はい」
「でも、畑の作物まで荒らされているとなれば話は別よ。断固として、ここは争わなくてはいけない」
 そうなのだ。ルーカスの手紙には、最近になってデンデンたちがアムホスト近郊の農作地帯に出没するようになり、人目を盗んで作物を食い荒らしている、と書かれていたのだ。
 シェイは、後でのんびりと空を眺めている赤デンデンを見た。人の手によって栽培された農作物と、自然森林に群生する食草を区別する知能など、考えるまでもなく、デンデンにはない。彼らにしてみれば、生きるために地面に育つ作物を食べて、何が悪いのだ、という心情だろう。
 しかし、メイプルアイランドの住民にとっても、その農作地帯の収穫は大切なのだ。完全自給自足を余儀なくされているメイプルアイランドにとって、アムホストの農作地帯の収穫の減少は、即食生活に影響がでてしまう。
 雲の上、空高くに浮かぶメイプルアイランドと、他の島を行き来する交通手段は少ない。他の島からの食料輸入は不可能。
 すなわち、冗談でも大げさでもなく、今回の騒動には、メイプルアイランド全住民の興亡がかかっているのだ。
 シェイは、そう自分に言い聞かせた。しかし、どうしても、背後から聞こえてくる、のどかに草を咀嚼している緩慢な気配を、無視することができなかった。
「いいわね。容赦、という言葉は忘れなさい」
 シェイの心情を看破しているかのような声で、マイが宣告する。
「恨まれたりしないでしょうか」
「食べ物の取り合いなんて、そこら中にあることよ。もちろん、それに暴力が絡むこともある。気にしちゃダメよ」
「……はい」
「ただし、必要以上に痛めつけることはないわ。姿かたちが違うだけで、わたしたちと同じ生き物なんだもの。体で恐怖を覚えれば、二度と畑の作物を荒そうとはしなくなるはずよ」
 マイの言葉には、中途半端な慰めや、かすかな希望に縋るような惨めさは、まったくなかった。ただ淡々と、現状を冷静に分析する、戦士の言葉だった。
 シェイは、その言葉を信じた。自分にはほとんど実戦経験がなく、マイの言葉を疑うだけの知識も持ち合わせていないという理由もあったが、何にもおいて敬愛する師の言葉には、理性を突き抜けて、心の奥深くにまで届く、信念のような輝きがあった。



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# by maple_novel | 2006-01-16 12:47 | 小説